秋田知子先生からのお手紙

2016年12月22日

医局各位

 秋田Baby年の瀬も迫ってまいりました。いかがお過ごしでしょうか。

この度は可愛らしいお洋服の出産祝いを頂きありがとうございました。もう少し成長を待って着せるのを楽しみにしております。この素敵なおべべが似合う子になりますように。
さて、御礼かたがた、僭越ながら出産時のことと現在の状況につきましてご報告させていただきます。

◎出産につきまして

 夜中に破水し、陣痛発来からものの4時間で生まれました。想像よりも至極安産だったと思います。陣痛が長かろう、おそらく1日2日がかりであろう、陣痛がすぐには来ないかもしれないし、と文庫本や将棋セットなどの暇つぶしをたっぷり詰め込んだ鞄を持っていきましたが、全くパアになりました(なめている…)。立ち会う筈の当直医師が駆け付けた時にはとっくに分娩は終了し、カンガルーケアをしながら会陰縫合待ちでした
 陣痛は失神するほどの抉られる痛み、といいますが、覚悟がひどすぎたのか、会陰縫合よりもだいぶマシでした。もちろん、陣痛中に、たのむ、腹ァ切ってくれ、次回は無痛分娩だ!絶対絶対~!とは思いましたが(笑)。叫んだりうなったりする体力など全くなく、静かに腹式呼吸をするのが精一杯でした。叫ばなかった点、安産だった点については偶然といえ優良妊婦と自負しております。
 ここで先生方にもうひとつ、感謝申し上げることがあります。安産に寄与した要素をくださった事です。お産中、胎児ノミオに言い聞かせたことなのですが、「お前が生まれてくる世界は楽しいよ、私のような人間であっても、仕事でもプライベートでも、いい先輩同輩後輩、家族に恵まれているのだから。もちろん楽しいことばかりじゃないかもしれないけど、少なくともこの世界はとてもいいところなんだよ、大丈夫だ頑張って出て来い」と本気で思えたからでした。そのためもあってお産があっという間だったのではないかと思います。この点において、お世話になっている先生方の応援があったといっても過言ではないと思っております。感謝申し上げます。

◎育児につきまして

 産んでびっくり、入院中からブラック企業も青ざめるハードスケジュールでした。
 BFH認定病院だったこともあり、3日間で1滴も飲めず体重が減っていくわが子を悲しく眺めながら、出ない母乳に、母児同室で昼も夜も休まらないことに、傷の痛みに、体のおぼつかなさに、悪露に悩まされました。さらにこれからのことを考え、一喜一憂していました。育児のスタートラインに立って初めて、ひとがひとを産み育てるということはただ事ではないのだなということをひしと思いました。
 今を生きる人類73億人すべてがこうした思いの元で生きている、脈々と先祖もそうして生きてきたという事実が、驚きでしかありません。何より身近な自分の親の労苦の一片を垣間見た気がして、素直にすごいと思いました。
 退院後も、おむつかぶれに、体重変化に、乳児湿疹に、泣き止まぬ我が子に、おむつ替え時の噴水に、そして私の母が抱っこすると途端に泣き止むことに心を揺さぶられながら現在に至ります。中でも湿疹については、顔半分にだけ保湿をしてどう変わるかなど実験めいたことをして様子を見ておりましたが、そんな人体実験はすべきではなかったと反省しております。
 機嫌のいい時は、刻々と成長していくわが子に、かわいいねえ、かわいいねえとニタニタしております。おそらく女泣かせのイケメンに育つでしょう。などと、自分の遺伝子のことを棚に上げてこんなことをうそぶいておりますが。目下の日課は鼻くそとりです。

復職に向けて何かしようと、専門医試験を解いて愕然としたり、相川さんから教えていただいた脳梗塞画像診断の練習問題のサイトを見て目をぱちくりさせたりなどしております。
 そんなこんなで年明けに山梨へ戻り、四か月頃をめどに復帰できたらと思います。
 インフルエンザもノロウイルスも猛威をふるっているようですので、先生方もどうかお気を付けください。医局におめでたいニュースがあると小耳にはさみ、とても嬉しく思います。また春から楽しく働けるのを楽しみにしております。色々とお気遣いを頂いたりご迷惑をおかけしたりすることと思いますが、なにとぞよろしくお願いいたします。
 それはそうと、青木先生、お名前を無断で拝借し申し訳ありません。尊敬する青木先生を目指して真一と頑張ってまいります。

秋田拝